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日本学士院の沿革を遡れば、それは西暦1797(寛政9)年に徳川幕府によって創設された昌平坂学問所、『昌平黌』に端を発するものとされている。たまたま手元に草創期当時の学問所の教官たちが琴棋書画を楽しむ姿を活写した、谷文晁の画幅がある。日本学士院『ニュースレター』の創刊に寄せて披露させていただきたい(表紙)。 この絵が描かれた甲子という年は西暦に換算すれば1804年、将軍家斉の時代に当たる。画中の人物にはそれぞれの名前が付記されている。 先ず学問所の学頭、柴野栗山は当時の三名筆とされた人、画面中央に堂々と座して墨筆を振るっている。復古学で知られる尾藤二洲は侍童に導かれて学者たちの集いに加わろうと奥手から近づいている。彼と互いに切磋琢磨したといわれている頼春水(山陽の父)も、画面手前でなにかの準備に余念のない様子。同じく学問所の教官であった岡田寒泉も、机を前にして元気な姿を画中に見せている。
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