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牟礼のまちだより
石の町・源平の町「香川・牟礼」の文化、芸術 そしてなつかしき風景(昔の写真)「むれ源平まちづくり協議会」「石あかりロード」の情報をお伝えします。
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房前にあった防空壕  その1
道の駅「源平の里 むれ」がある場所。

そこは昔から『房前』と呼ばれている所。

能楽の「海人」に出てくる藤原房前に由来する地でもあります。

この房前。道の駅が出来る前は小高い山となっていて、この山を迂回するように海岸沿いにことでんが走っています。

この房前には戦時中に「でっかい防空壕」が掘られました。

この防空壕は古くからの牟礼の住民なら誰でもその存在を知っているという周知の事実。

戦後すぐは食糧などの保管庫として利用した時期もあったようですが、その後閉鎖。

そして、平成に入り「道の駅」が出来ることとなり、上部の山は削られ埋められてしまいました。


んで~~~~


先日、ネットで見つけたのが『房前に人間魚雷回天の基地を建設する計画があった』という記述。


「そんな話初耳や~~」ということで「へぇ~~~ほんまかいな~~」と思いつつ、書いたご本人の藤原さんとコンタクト。

そして、牟礼の当時のことを知っているだろうと思われるお方数名に話を聞いてきました。

牟礼のお方はみんな口をそろえて「そんな話聞いたことがない」。

「なんかデマっぽいなぁ~~」と思いつつ、まずは現場へ行きましょう~~。

ということで近くに住むMさんの案内で防空壕の痕跡の調査をしてきました。

Mさんの話では4本の壕があったそうで、その中で最も痕跡が残っている壕の入口をご紹介~~~。
房前1
赤で囲まれた部分は土嚢が積まれています。この部分が入り口の跡です。

この入り口から真っ直ぐ海へ土砂を運び出していました。
こちらの写真は海側の様子。
房前2
赤の部分は石垣の素材が違います。

そして、Mさんの記憶で「紡績会社の工場になる予定だった」という事実が判明。

こんな情報を藤原さんへメールすると~~~。

藤原さんも「え~~~」と驚いたそうで、藤原さんが調べた資料の中に『倉敷飛行機という会社が牟礼町に分散型半地下工場を建設していた』」と記している本があるとのこと。

この倉敷飛行機とは元東京飛行機製作所といい、倉敷紡績の参加になり「倉敷飛行機」と社名変更しているんですって。

「デマやろ~~」といっていたのが「ひょっとしたら・・・」という展開になってきています。





『房前の防空壕』。調べれば調べるほど「へぇ~~~」という話が出てきます。

さて今後どのように進んでいくか?

そして回天まで繋がるのか??

結果は随時報告しますのでお楽しみを~~~。


そうそう、この防空壕の昔の写真を探しています。

どなたかお持ちのお方がいらしたら教えてくださいませ~~。

よろしくです。


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