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牟礼のまちだより
石の町・源平の町「香川・牟礼」の文化、芸術 そしてなつかしき風景(昔の写真)「むれ源平まちづくり協議会」「石あかりロード」の情報をお伝えします。
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八栗新道
「ほっとつうしん むれ」というコミュニティ紙の1月1日号に「八栗新道」について書いたので「牟礼のまちだより」にも転記。
(既に、牟礼地区のご家庭には配られていると思います。)

12_29八栗新道

ことでん志度線の大町駅と塩屋駅の間に「八栗新道」という駅があります。
この駅名となった八栗新道ってどの道?  何時ごろ出来たの? 
皆さん不思議に思ったことはありませんか?


【八栗新道ってどの道?】
名前の通り、八栗寺へお参りする新しい道ということですね。
この新道とは八栗寺から志度寺へ抜ける裏参道のことです。
房前のしん治歯科横に八栗寺聖天さんの大鳥居があるように、江戸時代から田んぼ道のような狭い遍路道が通っていたのです。(但し、旧遍路道は北高裏付近から海岸線を通ります。)
ということで、八栗寺から駅の前の国道十一号線までが「八栗新道」ということです。


【何時ごろ出来たの?】
 話は明治にさかのぼります。役戸地区は県下でも有数の焼き物の産地として製陶業が発展していました。
この繁栄を支えていたのが五剣山中腹から産出する良質な粘土でした。
当時は1mほどの狭い遍路道を「猫車」という大きな一輪車で運んでいたと思われます。
土管、かまど、コンロ等の需要は増加し、材料の粘土の搬入に苦慮していた時に八栗寺表参道(県道八栗牟礼線)の建設計画が立ち上がりました。
その時大町の住民が一丸となって裏参道も整備するように嘆願。
粘り強く交渉を重ね、通行量調査の結果、計画は承認され、明治三十六年に完成の運びとなったのです。
その八年後の明治四十四年東讃電気軌道(現ことでん)が開通。東讃方面からの八栗寺参拝者の玄関口として駅名を「八栗新道」と名づけられました。
計画時の通行量調査についてもこんな話が残っています。
調査の日は旧正月の十六日。実はこの日は八栗寺聖天さんの縁日。
一年で一番参拝者の多い日なのでこの日を調査日に選んだそうです。
この八栗新道の完成によって牟礼村の陶器の生産量は倍増。製陶業の発展に重要な役割を果たしたのでした。

「八栗新道」はお遍路さんの為だけではなく、地元の地場産業の発展のために住民が嘆願して出来た道路でした。そして、今年も正月十六日には八栗寺では聖天さんの縁日法要が厳修されます。
皆さんもお正月の八栗寺参拝は裏参道を歩いてみてはいかがですか。


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